田沢湖名物「山の芋鍋」

滋味深く、身も心も温まる

秋田県といえばきりたんぽ鍋が有名だが、田沢湖地区では山の芋鍋が名物として食されているという。一体どのような料理なのか探るべく、田沢湖を目指した。

記事制作 dancyu

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白樺林に囲まれた乳頭温泉郷を目指す

山の芋鍋という名前を聞いたことがあるだろうか。秋田県の田沢湖地区に伝わる料理で、長芋に似た粘り気が強い山の芋をすりおろし、団子状にして入れた鍋である。秋田県の伝統料理といえばきりたんぽ鍋が有名だが、今から40年ほど前に「きりたんぽに代わる名物を」と、この地域で独自に考案したという。地のものは、やはり現地で食べることに醍醐味がある。そこで、この料理を提供している「乳頭温泉郷 鶴の湯温泉(以下、鶴の湯温泉)」へと向かった。

ガラス面が多くてオープンな印象の「田沢湖駅」駅舎。

「田沢湖駅」から「鶴の湯温泉」までは車で約30分。駅前から発車する定期バスと送迎バスを乗り継いで向かうこともできる。田沢湖沿いを走り、白樺林を通り抜け、山道を奥へ奥へと進んだ先に見えてくる茅葺き屋根のお宿、これが「鶴の湯温泉」だ。

鶴の湯温泉 本陣は伝統的な茅葺き屋根の長屋で、日本有数の宿といわれている。

土地の名物として考案された山の芋鍋

「山の芋鍋の発祥は約40年前。乳頭温泉郷は400年もの歴史がある場所にもかかわらず、この地域ならではの食がないのは寂しい、と地域の人が言い始めたのがきっかけです。そこで、近隣の旅館やホテルの板前を中心とする調理師グループが考案したのです」
こう解説するのは、「鶴の湯温泉」フロントチーフの鈴木誠栄さんだ。

「この鍋のメインは、秋田県大館市の特産品である山の芋をすりおろした団子。山の芋は、大和芋や長芋と同じヤマノイモ科ですが、それらに比べて粘り気が強いのが特徴です。すりおろして鍋の中に入れても崩れることがなく、うどんのようにモチモチとした食感の団子が出来上がります」

秋田県大館市の特産品、山の芋。大和芋や長芋よりも粘りが強く、鍋に入れても崩れないのが特徴。

山の芋鍋には、それぞれの料理人の好みの野菜や肉が入っている。「鶴の湯温泉」では、最初に胡麻油でごぼうと豚肉を炒めてベースをつくった後、だしとともに山の芋の団子、しめじやえのき、白ねぎ、しらたきを入れて煮込んでいく。

そして、「鶴の湯温泉」ならではの特徴が、味噌で味つけするところだ。ほかの宿では醤油ベースがほとんどだが、この宿では「底冷えする豪雪地帯で体の中からじんわりと温まるように」と、工夫を凝らしたそう。

さらに鈴木さんのお薦めが、せり。「せりは秋田の鍋に欠かせません。しめじやえのきといったきのこの風味、豚肉の旨味、味噌が香る鍋の中で、せりのさりげない苦味がいいアクセントになります」。

山の芋でつくる団子は、もちもちっとした食感が魅力。鮮やかな緑色のせりが鍋に華を添え、かつ程よい苦味がアクセントになる。山の芋鍋定食1,600円、岩魚の塩焼き付きは2,000円。

山の芋鍋のほかにも、岩魚の塩焼きや山菜の小鉢といった地域の料理が充実。岩魚は近隣の川で獲れたものを焼いている。皮はパリッと、身はふっくら。臭みがまったくなく透明感のある味わいが魅力だ。

また、小鉢にはぜんまいやこの地方でさくと呼ばれる山菜が並ぶ。これらは、春のうちに近隣の山で一気に摘んでおき、塩漬けしたもの。その都度、食べる分だけ塩抜きし、醤油で味つけしているそう。春夏秋冬、どの時季に訪れても、この地域の山の恵みを楽しめるように、というはからいだ。どこか懐かしいような、醤油の旨味がしっかり効いた味わいは、この宿の女将秘伝の味だそう。

イワナはパリッと焼いた皮が香ばしく、身はふっくら。山の芋鍋定食には小鉢として、ぜんまいやさくなどの山菜のほか、大根やにんじんのいぶりがっこなども並び、秋田の食を堪能できる。

地元産の秘湯ビール660円や「鶴の湯温泉」オリジナルの純米酒2,200円も楽しめる。

また、「鶴の湯温泉」は敷地内に泉質の異なる四つの源泉が湧いている、全国でも非常に珍しい環境の宿。さらに温泉の周囲には景色を遮るものがほとんどなく、視線を上げると美しい山々を見渡せるのが魅力。山の芋鍋でお腹を満たした後に温泉に浸かれば、身も心もほどけてなんともいえない幸福感に包まれるのだ。

混浴露天風呂。お湯から出た後はいつまでも体がポカポカと温かい。入湯料は大人700円、小人300円。

乳頭温泉郷 秘湯鶴の湯温泉

住所 秋田県仙北市田沢湖
田沢字先達沢国有林50
電話番号 0187-46-2139
定休日 無休
アクセス 秋田新幹線田沢湖駅より車で
約30分

文:吉田彩乃 撮影:赤澤昂宥